中西部「ヤングサッカーニュース」の誕生

更新日:2018年10月08日

昭和63年(1987)4月20日創刊。第1号は1万部を発行した。その前年、今も発行責任者を務め、当時中学校教員であった滝本義三郎が、元藤枝市長・山口森三の「蘇れ、サッカーの町藤枝、サッカーのまちと私」(静岡新聞連載)、「誇りある、街づくり志太平野に!JCの烈風」のふたつの文章に接し、強いインパクトを受けたのが、創刊につながった。

滝本は田村和彦と中西部サッカー新聞発行の支援を印刷会社、商店、企業に賛同を求め、それに市民の協力も得て、発行にこぎつけた。記念すべき第1号の1面は藤枝市役所日本リーグ2部昇格。2面は第11回全日本少年サッカー大会藤枝FC準優勝、第18回全国中学校サッカー大会の西益津中堂々の3位など、写真と記事を満載した。

 

創刊時の編集委員
発行責任者 滝本義三郎
発行事務局長 田村和彦
編集責任者 小嶋良之
少年責任者 鈴木基広
中学責任者 長谷川吉隆
高校責任者 岩田要司
社会人責任者 秋山郁男
藤枝地区長 山本輝雄
焼津地区長 深津敏夫
島田地区長 茨木節夫
榛原地区長 山下 智

平成元年には第三種郵便物認可を取得し、社会的にも認められる月刊新聞となった。平成3年5月号からは中西部サッカー協会機関紙となり、現在に至る。編集委員のサッカーに対する情熱と努力で、毎月2回の編集委員会、校正会議を開き紙面の充実に知恵を絞っている。平成7年9月100号、平成17年3月200号記念誌を発行、そして平成25年度には300号記念誌発行を予定している。チーム・選手のモチベーションを高め、地域全体の盛り上げに大きな役割を果たしている。橋村弘子編集委員長を中心に幅広く、中身のあるサッカー新聞の発行を目ざしている。

 

藤枝サッカー協会

創設は昭和24 年( 1949)。当時の藤枝町体育協会に加盟して同協会蹴球部として活動を開始し、小学校から社会人まで縦横の連携を取りながら全体の組織化を図った。29年、藤枝市誕生に伴って、藤枝市体育協会蹴球部となり、内田福治が初代部長に就任した。

49年、日本協会、県協会が蹴球協会からサッカー協会に名称変更したのを受け、藤枝市体育協会サッカー部と看板を書き換えた。

62年には体協サッカー部から「藤枝市サッカー協会」に改称し、同時に規約と組織の改正を行った。初代会長は岩田 規。八木敏夫が続き、現会長の臼井郁夫は3代目。